私小説家 西村賢太という男
普段エッセイを好んで読む私がKindle Unlimitedで気になるタイトルを見つけた。『下手に居丈高』というその本のタイトルに引っかかってしまった私は、下手なのに居丈高とはどういうことかと思い軽く目を通しみるとこれが滅法面白いのだ。
著書は2011年に苦役列車で第144回芥川賞を受賞した西村賢太。代表作に『暗渠の宿』や『芝公園六角堂跡』などがある。2022年2月4日に死去。


本書は『週刊アサヒ芸能』で2012年11月15日号から2014年4月3日号まで連載していたエッセイをまとめた単行本を2017年に文庫化したもの。68のエッセイが収められており、そのどれもが切れ味鋭く、しかし口元がほころぶものとなっている。
「下手に居丈高」おすすめのエッセイ3選
① 「十四 煙草愛(一)」
1つ目は氏がタバコについて語った項である。(ちなみに煙草愛(二)もある。)氏が1日に5箱(計100本)のタバコを吸うのには驚嘆した。まさにタバコを愛してやまない氏が、喫煙愛好者の会の入会を断った話が本項では綴られているのであるが、その理由がまた面白い。氏が入会をバッサリと断った理由は我々の想像を超えてくるのである。
「その会のスローガンであるらしきところの、〈喫煙文化を守り、より良い分煙社会の実現を〉に賛同できかねると云うわけではない。どころか、大いに結構なことだと思う。徒党を組み、権利を主張することに生理的反発を覚えるなぞ云う、スカしたポリシーを振り廻したいわけでもない。かような了見を抱いていたのは、今は昔の中学生の頃までである。ただ単に、その名簿に記載されていた一人の老作家が、私怨あってけったくそ悪いからと云うだけのことに過ぎない。」『下手に居丈高』徳間文庫
けったくそ悪いから嫌だというストレートな理由は、それ以上でもそれ以下でもない素直な気持ちの吐露なのだろう。ここまで言われると読者としては参りましたと言わざるを得ない清々しさがある文だ。氏のはっきりとした物言いは確かに居丈高だが、その論理の道筋は氏なりに丁寧に提示されており、そういう意味では確かに下手なのである。
②「四二 晩酌の時間帯」
2つ目は氏の晩酌癖について語られた「晩酌の時間帯」である。書かれていることは何て事はない、氏の晩酌のルーティーンについてであるが、これが面白いのである。
その理由は2つある。1つ目は氏の生活サイクルが見えることである。朝方の4時か5時まで執筆を行い、そこから晩酌を始めそのまま眠りにつくという生活が氏の基本スタイルだったらしい。氏の著作のほとんどが深夜にかけて書かれていたというのは、作品のイメージに合い得心した。
2つ目はこの毎日の晩酌が氏の創作エネルギーの源になっていたことが分かったからだ。氏が何をしながら酒を飲むかについて、こう語っている。
「テレビは一切眺めぬようになったし、小説本も自分で書くようになってからは殆ど読むこともないので、視聴覚の方の肴はもっぱら音楽と云うことになる。しかし、酔う程にそれは単なる賑やかしのみのものとなり、結句自作の、次に書くべき場面の極めて散漫なシミュレーションをあれこれ思い巡らす状態になるのだが、これが無性に楽しくて、うれしくもある。」
酒を飲みながら次に書く場面を考えるのが楽しいというのは、全ての小説家が言えることではないだろう。まさに氏にとっての小説とは単なる仕事ではなく、生きることに直結しているのだろう。
③「六十六 私小説を読む資質」
最後に紹介するのは、氏が私小説について語ったものである。氏は私小説を読むにしろ書くにしろ、特別な資質がいると言っている。自分の体験を元に小説を書くと聞けば簡単そうに思える。しかし、度々作品や作者に対して誤解が生まれることについて半ば呆れながら綴らられている本項は、私小説家としての氏の矜持が見える。

西村賢太 『下手に居丈高』
定価 825円
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