男は「モテない」からツラいのではない。『「非モテ」から始める男性学』書評

 

集英社https://www.shueisha.co.jp

  「モテない」ー多くの男たちがこれに悩まされてきたのではなかろうか。私もそのうちの1人だ。気になるあの子が振り向いてくれない。告白しても連敗続き。いつしか自己嫌悪におちいり、ついには自分のあらゆる苦しみが全て「モテない」から生まれるのだとまで思ってしまう。本書はそんな状態になった男性たちにふと別の景色を見せてくれるような1冊だ。

「非モテ」の苦悩との向き合い方とは?

 本書の著者である西井開は、1989年生まれの37歳。専攻は男性・マジョリティ研究で、現在立教大学で特任准教授をしている。

著者自身も「非モテ」を自認しており自らの苦しみや葛藤の謎を探る過程で、そもそも「非モテ」とはどういった存在なのかという問いに行きついた。さらに西井はモテないことに悩む男性たちの語り合いグループ「ぼくらの非モテ研究会」を設立し、メンバーと共に「非モテ」の悩みを聞く活動を行っている。本書で出てくる事例はこの「非モテ研究会」による引用となっている。

つまりこの本は「非モテ」の当事者である著者自身が、活動で出会ったメンバーの話と自らの体験を参照しながら語られるという構成になっている。

そこでの問いはこう集約される。私たちは「非モテ」であることでどう苦しんできたのか、そしてこの苦しみは単に「モテない」からだけなのか?

「ぼくらの非モテ研究会」とは?

 まず初めにこの本の核の部分である「ぼくらの非モテ研究会」について紹介する必要がある。このネーミングを聞くとモテない男性がいかにしてモテるようになるかを探求する印象があるが、そうではない。西井はこの会の目的をこう述べている。

「この会はいわゆるモテ講座ではありません。「非モテ意識はなぜ生まれるのか」「どうしたら非モテの苦悩から抜け出すことができるのか」などをテーマに自分を研究対象にし、あわよくば生きやすくなる方法を見つけることを目指します。」

「非モテ」からはじめる男性学 p40

この会は2017年に発足し、毎回SNSで参加者を募り、今まで300人以上が参加した実績を持つ。

自分の苦悩をさらけ出す(もちろん必ず言わなければならないというルールはない。)場にこれだけの人が参加したことには驚いた。実際には参加しないまでもSNSでの告知を見て興味を持った人も一定数いることも想定すると、自分の生きにくさはモテないからだけなのかと疑問に感じている男性が多くいるのではないだろうか。

これまで会で取り上げたテーマは多岐にわたる。

・「非モテ」のエピソード

・家族、親

・性的欲望

・モテ以外の享楽

・からかい、いじり EX....

この会の前提として重要なことは、「非モテ」というワードを明確に定義しないことにある。著者は「非モテ」という言葉は人の主観によってその意味が多様化するため定義することが困難ということに加えて、「非モテ」は「スーツケースワード」だと言う。

スーツケースワードとは、脳科学者であるマーヴィン・ミンスキー博士が命名した言葉だ。「愛」 や 「意識」 など、心の状態を表す言葉が専門家によって異なる意味で使われている状況を指し、それらの言葉をスーツケースワードとカテゴライズしたのである。

西井は「非モテ」もスーツケースワードに該当するとし、会の参加者によって「非モテ」の受け取り方が違うからこそ、様々な苦悩を語りだすきっかけになると見ている。西井はスースケースワードの意義についてこう述べている。

スーツケースワードの使用はこれまで自身の社会的立場を自覚することがなく、焦点化されることのなかった「男性」や「健常者」など、マジョリティ集団の経験に輪郭を与える際に、特に効果を発揮すると思われる。実際非モテ研において「非モテ」というスーツケースワードは、「男性はこうあるべき」という支配的な物語を巻き込みながら、名伏しがたい男性たちの生きづらさを掬いとってきた。

同書 p191

「ぼくらの非モテ研究会」から見えてくるもの

個人的なことを共有するための「非モテ」

この会では参加者から色々な体験談やそれにもどつく思いが話される。そこで前提となるのはスースケースワードとしての「非モテ」だ。

参加者の話を相対化し参加者同士で感覚の共有を図るための主語として「非モテ」というカテゴリーを利用する形になっているのがこの会の特徴である。

男性たちはしばしば悩みを打ち明けること自体が難しい環境に置かれている。例えばいまだに「男だからクヨクヨするな。」や「男は自分ひとりで悩みを乗り越えてこそ一人前だ。」といった雰囲気はまだまだこの社会に残っている。そうした環境に身を置くゆえに、男性は悩みを持つこと自体が悪いことだと考えてしまうようになる。

この箇所を読んでいてい思い出したのが1960〜70年代のフェミニズム運動の中で生まれた「個人的なことは政治的なこと」という言葉だ。女性の個人の問題を紐解くと、問題の根幹が社会構造にあるという意味を持つこの言葉は、男性個人の問題にも援用できるのではないだろうか。

男性個人が抱えている問題を普遍化する試みは、現在の社会に残る男性規範やマッチョイズムへの解体につながる。例えば本書ではこのようなエピソードが紹介されている。

「西井:大学生で童貞いじりとかもあったりして、で僕はいじられるのがすごい嫌で、いじられてる人を見ても、いじられてんのになんで我慢できるんやろうって。童貞っていうのがすごく軽んじられるてのがめちゃくちゃ嫌でしたね。」

同書 p63

西井はここで性経験がないことをいじられたエピソードを話している。

このようないじり・からかいは男性コミュニティのなかで年代を問わず行われているが、この現象を説明する鍵は男性集団の同質性がもたらす権力構造にある。

まず初めに男性コミュニティの中で権力を持っている男性達が自分たちの「普遍的な男性像」というのを一方的に作る。そしてその象に必要な要素がないメンバーや違う要素を持っている男性がターゲットになるというわけだ。

つまり男性コミュニティの数だけ多様ないじり・からかいが存在するというわけだ。それは時に容姿や性経験の有無、学歴や出自といった要素を起点に「お前は〇〇だからダメだ。」とラベリングされる。

あなたはどうしたい?」と聞けない非モテ男性

「ぼくらの非モテ研究会」ではメンバーが受けた被害にもとづく苦しみが多く語られる。しかし逆にメンバーが加害してしまったことで生まれる苦しみが吐き出されることもある。本書では主に女性に対してストーカー行為や相手の気持ちを無視した言動をしてしまった経験が語られ、なぜそのようなことをしてしまったのかを分析する様子も描かれている。

非モテは自分の理想像に視界を奪われる

本章ではメンバーが女性に対して良かれと思って交際関係にない相手にプレゼントを送ったり、相手の許可なく手を握る・頭を撫でるといった行動をとってしまった話が語られている。「非モテ」男性はなぜ理想の男性になるための情報に目を奪われて目の前にいる相手を見れなくなる状態に陥るのかということについて、西井はこう述べる。

「非モテ」男性は、そもそも参照できる行動の選択肢が乏しいためにその選択肢を選ばざるを得ない、もしくはその行動をするべきだという価値観をインストールして思い込んでいるという可能性が考えられる。そして彼らが選ぶ(選ばざるを得ない)ふるまいには、タカハシさんが言うように「積極的で頼れる男性」というイメージが反映されている。」

本来の自分ではなくモテるとされる男性の振る舞いをインストールして行動した結果、相手の状態を無視した加害につながるわけだ。そしてその加害の記憶がさらなる自己否定を生み出すという負のループが生まれる。

本章の面白い所は、この問題の原因が非モテ男性の偏った価値観からくる行動と同時に、女性とはこういう存在だとされるジェンダー規範にもあることに触れている点である。

つまり頼れる男というテンプレ的な振る舞いを一方的に受け入れるべしという社会が作った女性のイメージに基づく男女の非対称性があるというわけだ。

「非モテ」と付き合っていくために

モテようとして失敗を繰り返し、挙げ句の果てには自己否定につながるというループから抜け出すには、「私はなぜモテないのか?」と問う姿勢を改める必要がある。モテないから苦しいという思考から一旦離れてみる。そこで鍵を握るのが趣味である

趣味に打ち込むことで自分の感情を取り戻し、男性原理を相対化することができれば「モテないから苦しい」という言説から一度離れることができる。もちろん、趣味があれば全て解決という単純な話ではない。しかし、人からどう見られているかという外に対する視線から、自分は何が好きなのかという内の視線へと切り替えることで、幾分かは自然体でいられる時間が確保されるはずだ。

さらに本書では同じ趣味を持つコミュニティが、権力を元に互いを攻撃し合う男性集団とは異なるつながり方を生み出すと紹介されている。キーワードは「まなざしの方向性」である。

互いを攻撃し合う男性集団は、お互いにまなざしを向け合うという意味で閉塞感がある。しかし同じ趣味を共有するコミュニティにおいてはそ、のメンバーのまなざしは趣味に向けられるため開放的である。メンバー間で序列を争うような関係ではなくフラットな関係で同じ趣味を共有するコミュニティは、自分は孤独ではないという感覚を想起させる。

本書はモテる・モテないという言説に振り回されがちな男性の心を解きほぐしつつ、そもそもなぜこれほど苦しまなければいけないのかということを構造的に分析している点で非常に優れた一冊だ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA